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# インドの洪水の話
こんにちは、さふらんです。山々の頂にかすかにあった雪が日々その面積を増し、もう少しで平野に届きそうな今日この頃です。先日はこの地方で「鰤起こし」と呼ばれる激しい雷雨の一日がありました。

その日は鳴り止まない雷鳴と雨音を聞きながら、二年間を過ごしたインド・チェンナイの豪雨に思いを馳せていました。報道でご存知の方もいらっしゃると思いますが、先月からチェンナイではひどい豪雨が続いており、現在は回復してきているものの、なお多くの洪水被害が残っています。

もともとチェンナイは大雨の被害が多いところで(2011年6月17日付「インドの雨季の話」)、私が滞在していたときも日本では経験したことのないような冠水に何度か遭遇しました。ただ、今回の豪雨はその比ではなかったようです。11月初旬から降り始めた雨は止むことなく勢いを増し、道路や家々が次々に水没し、停電が数日間にわたって続き、日系工場を含む多くの工場が操業を停止、数十万人の人々が取り残され、今月初旬には遂に空港が閉鎖される事態にまで至りました。

チェンナイ、と書きましたが、天候に町や州の境目があるわけではなく、実際は近郊の小さな町や村々でも、情報や救助が行き渡らない分むしろ深刻な被害があったようです。

ところで、Tokoさんが最近Facebookのアカウントを再開されたと書かれていましたが、今回のチェンナイの洪水に際し、個人的に最も身近に現地の様子を感じることができたのはFacebookからもたらされる情報でした。

現地に住む友人達の投稿や、地元に拠点を置く大手新聞の報道投稿、シェアされる被害状況や支援、救援情報。また今回初めてその存在を知りましたが、FacebookにはSafety Check という安否報告機能があり、友人達が次々と自分の安全をアップデートしてくれた時はやはり安堵しました。

災害時におけるSNSの有用性については今まで既に語られているところだと思いますが、今回 特に印象に残ったのは、その有用性だけでなく、Facebookを通じ、遠くで起こっていることがとても自然な形で自分の生活の中に入ってきて、私自身が日常生活の延長としてそれに共感できたということです。Facebookに限らず、SNS の持つ力と可能性はこういった、日常と非日常をごく自然に結びつけるところにあるのではないかと感じました。

12月10日、敬愛する現地在住のジャーナリスト兼作家が次のように投稿しています。(※転載許可済)
“After many, many days (can't remember how many), stepped out of home without soaking my feet in water. Had kind of got used to it.”
何日かぶりで(一体いつ以来か覚えていない)、雨水で足をびしょぬれにすることなく外出した。外に出れば足が濡れるという状態に、ほとんど慣れてしまうところだった。

愛するチェンナイとその他多くの地域で洪水被害の復興が進みますように。
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# 地元を旅する・そのコツ編
こんにちは、さふらんです。紅葉も山を下りてきて、通勤途中などのふとした瞬間に、はっとするような鮮やかな光景を目にする季節になりました。

前回は、旅行に行きたいけれども自由に休みが取れない、そんな時に地元や近県を旅する「地元旅」をお勧めしました。今回は、ここ数年そんな地元旅を繰り返している私が考える、地元旅のコツをご紹介したいと思います。

第一に、地元旅では早起きをおすすめします。昼間や夜の時間には見られない、その町の一番新しい、始まりの姿に出会うことができます。朝からせっせと湯気を出す豆腐屋さんを発見したり、朝市に遭遇したりする可能性もあります(←実際にあった話)。また見慣れた場所でも、早朝に出歩くことで新しい魅力に気がつくこともあります。写真は先日早朝、家の近所の桜並木を散歩したときの写真です。あたりはまだしんとしていて、自分の歩く足音が聞こえる位の静かな朝でした。



第二に、高い場所に登ってみることです。適当に町をあるいて、目についた公共性の高そうな高い建物に入り、エレベータで行けるところまで登ってみます。写真は新潟市に行った時、上記の方法で偶然見つけた展望台から撮った写真です。町の中を歩いていたときは気づかなかった、海との距離感が印象的でした。ちなみに私の地元の富山市では、市庁舎に展望台があり、常時無料開放されています。



第三に、地元のスーパーに行くことです。よく海外旅行や国内旅行の観光スポットとして市場が挙げられますが、個人的には市場より生活に密着したスーパーのほうがおもしろいです。地元旅では地元スーパーに行ってみます。大方のものはそれほど変わりないかもしれませんが、よく見ると、野菜や魚、お惣菜あたりに地域性が見られます。また、大豆製品や牛乳などは、地元製品が主力になっているパターンが多いです。今年のお盆に長野のスーパーに入ったときは、かんば、という見慣れない木の皮が売られていました。後で調べると迎え火に使うそうです。しょうゆや味噌などの調味料は自宅用のお土産として持ち帰れば、家に帰った後も長く旅の余韻を楽しめます。写真は飛騨・高山の商店街にあったスーパーでの戦利品。



いかがでしょうか。早起き、高いところ、地元スーパー。実際書き出してみると、地元旅に限らず遠くへの旅や海外旅行でも実践していることでしたが、特に地元旅では旅感を高める効果があると思います。よろしければぜひ、試してみて下さい。
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# 地元を旅する・金沢編
さふらんです。朝晩冷える頃になりました。
なかなか自由に休みを取れず、それでも無性にどこかに出かけたくなると、日帰りから一泊の単位で地元の北陸を出歩くことが増えました。そんな中でも最近、続けて金沢に出かける機会があったので、写真を交え少しその模様をお伝えしようと思います。

北陸新幹線が開通して、東京から北陸の距離がぐっと近くなりました。そんな観光客の皆さんを出迎えてくれる金沢駅の垂れ幕。コピーが秀逸です。



秋の三連休には、街の至る所でジャズの演奏が行われるイベントが開催されていました。
近江町市場や四高公園など、観光客だけでなくただ買い物に出た地元の人もふと足を止め、秋の澄んだ空気の中で洒脱なジャズのメロディに耳を傾けます。中でも金沢ならではロケーションというべきか、夜の尾山神社でのジャズライブは実に雰囲気がありました。





そして金沢といえば日本海の海の幸。冬の到来は美味しさの到来でもあります。この日食べたお寿司では、甘エビとガスエビが印象的でした。どちらも甘いのですが、それぞれに特徴を感じられます。



そして多くの観光客で賑わっていたひがし茶屋街。なぜか軒先にトウモロコシを逆さに吊るしてあるのが不思議でした。調べてみると、地域の神社で特別な日に祈祷を受けたとうもろこしで、家内安全、厄除けの意味があるそうです。





こちらはそれほど観光客の多くない、尾張町界隈。明治時代に建てられた金沢貯蓄銀行の建物が、町民会館として再活用されています(中ではちょびひげシールや丸メガネ、袖あて?などが用意されていて、当時の銀行員になりきることもできます)。この辺りでは提灯屋や旗屋といった、今では珍しい商いをしているお店も目立ちます。





最後に、尾張町で見かけた畳屋さんの看板を。星を使った几帳面な評価とおすすめメッセージの見事な表現に思わず読みいってしまいました。



私のように、旅には出たいけれど遠くに行く時間がない。そんな人に地元の旅をお勧めしたいです。私は富山生まれ・富山育ちで金沢には馴染みがありますが、旅人として訪れてみると常に新しい発見があります。自分が住んでいる富山でさえそうです。むしろ、観光地として開拓されていない田舎にこそ、ひそやかな発見と楽しみが残されているとも言えます。また機会があれば、地元を旅する・富山編もいずれ…。
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# 中国旅行記4
こんにちは、さふらんです。この辺りでは朝晩肌寒い季節になりました、

今日は中国旅行記4、そして旅を終えたあとでなぜか心に残る風景について。

初めての土地を旅している時に意外と重要になってくるのがトイレ問題です。その日も気付けば トイレを求めてさまよい歩いていました。トイレ目的で入ったカフェでうっかりコーヒーを飲んでしまったために再びトイレに行きたくなったり、このバスに乗れば繁華街に行くからそこでお店に入ろう(トイレを借りよう)、と半ば賭けるような気持ちで乗ったバスが住宅街にたどり着いたり、と悪循環が続きます。しばらくあちこちと歩いてみましたが、わずかばかり点在するお店も、床屋や廃品回収屋など、観光客が立ち寄るには敷居が高い店ばかりで、もうタクシーでホテルに戻ろうか、とあきらめかけた頃に目に入ってきたのが、町外れの食堂でした。

中途半端な時間帯に入ったせいか、店の人たちは入り口近くのテーブルに座り、ぼんやり外を眺めたり、携帯をいじったり。繕い物をしている女性もいます。

口実のようにスープを頼み(なぜかここでも水分の多いメニューを頼んでしまいました)、トイレを借りて、ようやく落ち着いた気持ちで席につくと、ふとその場所の静けさに気づきました。テレビやラジオがついているわけでもなく、店の前の往来を通る車も人もまばらで、聞こえる音といえば遠くから聞こえるくぐもった町の音のみ。

注文を受けて やおら立ち上がったおじさんが作ってくれた優しい味のスープを、心地の良い静寂の中で黙々とすすります。おじさんは注文品を作りおわるとまた、テーブルに戻ってぼんやりと外を眺めています。時々、思い出したようにお茶を汲んでは飲み、向かいに座った相方のおじさんのグラスにもお茶を注いでやっています。お互い会話を交わすでもなく。静けさの中、おいしく、安心した時間が過ぎて行きました。



今回の中国旅行を振り返ると、不思議とこの時のことが一番によみがってきます。旅先でのその土地ならではの貴重な体験、強烈な出来事や人とのふれあいは、もちろん、旅を彩る大きな要素です。でも一方で、旅を振り返ったときにふと思い出すのは、この食堂での風景のような、一言では説明しがたい、どこかありふれた風景だったりもします。

それは言ってみれば、旅という非日常の車窓からふと目にする、「その場所の日常」のようなものに心惹かれる瞬間なのかもしれません。この先もう二度と会わないかもしれない人々、目にしないかもしれない風景の中にもその場所の日常があり、それは自分が家に帰り、自分の日常に戻ったあとも、その場所の日常として続いていく。当たり前のことですが、それを実感することで、訪れた場所がより身近に、自分の中に長く生き続きる気がするのです。

みなさんは、旅の途中にそんな風景を感じたことはないでしょうか。
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# 中国旅行記3
こんにちは、さふらんです。お盆を過ぎて涼しい夜が増えてきました。
今回は、中国旅行記3と題して、中国で食べた料理について少し書いてみたいと思います。

まずは、青島で食べたしゃぶしゃぶです。2015年7月21日付の「中国旅行記2」でも写真を紹介しましたが、円卓に山海のごちそうが並び、それを各自の前に置かれたぐつぐつ煮えるスープにくぐらせて食べます。スープの入れ物が、七宝焼のような優雅な容器だったのが印象的でした。



町の食堂で刀削麺も食べた時は、テーブルに生のにんにくが置かれていたのが興味深かったです。インドでは生の唐辛子をかじりながらカレーを食べたりすることがありますが、中国ではそれがにんにくになるようです。



夜になればまためくるめくごちそうの世界です。どんなに少なくても10品は注文されました。そして食べきれない。もったいない、と思ってしまいますが、これが宴会の形なのでしょう。そしてもう一つもったいないことに、どんなにすばらしいごちそうが並んでいても、かならず誰かが向日葵の種を食べ出し(ひどい時は近くのコンビニに買いに走り)、次第にみんなが向日葵の種をかじり始めることです。ごちそうを食べたあとちょうどいい手遊びになるのかもしれませんが、大量の余った料理の間に、向日葵の種の殻の山ができていくのは、シュールな光景でした。と、言う私もすっかり向日葵の種にはまってしまったクチですが。





大連では、海鮮づくしの夕食が続きました。メニュー代わりに様々な海の生物(プラス、カエルなど)がはいった水槽がならび、そこから選んで好きに料理を作ってもらうタイプのお店です。身などほとんどないような小さい貝を遊びながら食べるもの楽しかったですし、大きなヒラメのお造りにはびっくりしました。





と、様々なおいしいものを食べた満腹満足の旅でしたが、旅を終えて不思議と印象に残っているのは、何気ない町の食堂で食べたスープと水餃子だったりします。

次回は中国旅行記4、そして旅において不思議と印象に残る光景について。
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# 中国旅行記2
こんにちは、さふらんです。台風が去っていくとともにいきなり夏が到来した雰囲気ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて今回は中国旅行記2です。前回の「中国旅行記1」では、中国で感じた、他人への無関心ぶりが心地よかったと書きましたが、今回はある意味その逆のパターンの話。

今回の旅行では青島と大連の二都市を訪れ、そのどちらでも、夫の中国人の友人がもてなしてくれました。とは言え、日中はそれぞれに行動し、夜合流して夕飯を一緒に食べる(ごちそうしてくれる)という形で、初めての中国で興味にまかせて行動したかった私には助かりました。

そのかわり、と言ってはなんですが、夕飯のもてなしは力の入ったもので、大勢の友人を招いて夜な夜なの宴会となりました。中国と言えば…で思いつく、あのぐるぐる回る円卓に数えきれない程の料理が並び、それを大勢で囲んで食べるのは、ザ・宴会という感じがしてとても楽しかったです。


そしてここで、前述の現象が起こりました。私は常にお酒は手酌派。自分のペースで飲みたいと思う方なのですが、中国ではそれが全く通用しないことが今回分かりました。

中国語ができない私が退屈していると思われたせいかもしれませんが(そんなことは全くなかったのですが)、ワインやビールが入ったグラスを持ち上げると、すかさず誰かがそれを発見し、乾杯だ!乾杯だ!と数人を巻き込んだ乾杯が始まります。乾杯というくらいだから飲み干すのだろうと、律儀に空けていたら、行けるクチということがばれてしまったようで、その後は向こうから、「りんず(私の下の名前の中国読み)、りんず、乾杯するぞ!」とふっかけられる(?)始末。

そんなこんなで、宴会が終わった後には数十本のビール瓶が並ぶことになります。


ただ、毎晩沢山飲んでいても次の日に残ることが全くなく、興味を持って改めて瓶を眺めてみると、アルコール度数が3%程度とかなり弱め。これで乾杯、乾杯と杯を重ねていくのですから、景気のいい話です。
これは街角の食堂で。


ちなみに、青島ビールは日本でも買うことができ、中国の代表的なビールブランドだと思っていましたが、今回の旅行で、各都市に代表的なビールがあることも知りました。例えば大連ではドイツっぽい名前のローエンビール。大連がある遼寧省の省都瀋陽では雪花ビールなど。日本でいう地酒のようなものなのでしょうか。


帰国して乾杯三昧だった話を友人にすると、「度数の強いバイチュウでなくてよかったね」という反応がありました。自信はありませんが、本場のバイチュウも飲んでみたい気もします。

次回は料理について。
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# 中国旅行記 1
こんにちは、さふらんです。
遂に梅雨入りしたようで、薄暗く空気の柔らかな雨の朝、布団の心地よさに起き出すのが辛い時期になってきました(もう少しすれば、燦々とした朝日に照り起こされるのでしょうが)。

さて先日、ゴールデンウィークに中国を旅行してきました。4泊5日の駆け足の旅。あっと言う間に時間が過ぎていってしまった感も否めませんが、初めての大陸中国は、想像以上に刺激的で楽しい場所でした。できれば数回に分けて、この旅について書いてみたいと思います。

まず到着したのはビールで有名な青島(チンタオ)です。ホテルから少し歩いたところに海沿いの遊歩道があり、メーデー連休の最終日でもあったその日は人々でごった返していました。遊歩道や土産物屋から少し離れた公園では、地元ののど自慢らしき大会が開かれていました。桃に似た満開の花が時々ふく風に花びらを散らし、かわいらしい小鳥が遊ぶ公園で、芝生にのんびりと寝転がるおじさんやベンチで語り合うカップルのBGMが、大音量かつ調子外れの歌謡曲という、シュールだけれど個人的にはどこか親しみを感じる空間が広がっていました。



こういった風景に遭遇した時に感じるような、中国のあっけらかんとした雰囲気が、今回の旅では心に残りました。いい意味で、あなたはあなた、私は私。他人が何をしていようと気にしない。街角で地図を広げているだけで声をかけてくれる台湾の人々の心優しさも印象的でしたが、今回中国で感じた、他人に無関心な雰囲気も私には魅力的に思えました。無関心も寛容の一つの形ではないかと感じたのです。他人に無関心であることに対してそんなふうに思ったのはこれが初めてのことでした。

その後、散歩を続ける中で目を引いたのは、街中に突然現れるドレスアップした人々です。これは結婚写真の撮影らしく、定番化しているスポットもあるようで、かつてドイツの占領下にあったことを示す洋風建築や教会の前では、何組ものカップルがロマンチックなポーズを決めていました。写真ではよく分かりませんが、この教会の前では何組ものカップルが撮影中でした。



きっと人気のスポットなのでしょう。

さて、そろそろ適当な長さになったので、次回は中国の宴会について。
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# 国境を越える芸人達
 さふらんです。あれよあれよという間に桜も散ってしまいました。

 さて先日、出先の待合所のような場所でぼんやりテレビを見ていたら、なじみ深いオープニング音楽と共に「笑点」が始まりました。驚いたのは、恒例の客席の真ん中で始まる歌丸師匠の挨拶に続いて、大喜利の前座にメガネの白人男性が登場してきたことです。
 「厚切りジェイソン」というその人の芸は、ホワイトボードに漢字を書き、外国人から見た漢字の理不尽さを糾弾する(?)というもので、いかにも外国人らしい日本語でひとしきり話した後、 “WHY?! WHY  JAPANESE PEOPLE, WHY?!” と叫ぶ様子が、勢いもあって思わず笑ってしまいました。
 (もしかすると有名な芸人さんなのかもしれませんが、芸能事情に疎い私には、笑点で外国人が芸をしている!ということがとにかく衝撃的でした。)

 国境を越える芸人、という意味では、以前、こちらのブログで、世界を舞台に活躍するインド系カナダ人のスタンダップコメディアン、Russell Peters について書いたことがあります。
 同じく国境を越える芸人ではありますが、Russell Petersと「厚切りジェイソン」との最大の違いは、Russell Petersが母語である英語で漫談をするのに対し、「厚切りジェイソン」は外国語である日本語で漫談を行うことでしょう。更に言えば、Russell Petersがネタの越境性を武器に、各国に存在する一部の限られた人々…英語を理解し、彼の描く状況を経験したことがあるような人々を観客として世界を渡り歩いているのに対し、「厚切りジェイソン」は、日本という地理的にも文化的にも限定され、ある意味で既に確立された笑いの場に自ら飛び込んでいっている、と言えるのではないでしょうか。

 笑い、というのはそれぞれ固有の文化や生活の文脈に負うところが多く、そういった意味でグローバル化されにくい分野という印象がありましたが、実際のところ、このように様々な形で笑いの国境もまた、グローバル化の渦中にあることが興味深く思えます。

 折しもBBCラジオでは、中国で活躍する 外国人コメディアン達のドキュメンタリーが放送されていました。その中で紹介されていたMark Roswellというカナダ人コメディアンは、80年代終わりから中国で芸人として活動し、中国語を流暢に操ることはもちろん、「相声」という中国の伝統的な漫才芸によって、中国では抜群の知名度を誇るとか。気になって動画を見てみましたが、完璧な中国語で行われる「相声」のおもしろさは、私には全く理解できず、残念ながら笑いの世界の国境の壁を感じる結果になってしまいました。
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# インド料理の秘密:異なるものを混ぜ合わせること
こんにちは、さふらんです。少しずつ、少しずつ春が近づいてくるのを感じるこの頃です。

さて今日は、tokoさんに教えてもらった興味深い記事の紹介から。タイトルは
”Scientists have figured out what makes Indian food so delicious”
「科学的に解明されたインド料理のおいしさの秘密」
とでも訳せるでしょうか。

記事の内容を一言でいうと、インド料理に使われている個々の材料の「味の距離」は世界の他の料理と比べるとかなり遠かった!というものです。「味の距離」というのは記事を読んだ私の造語ですが、記事が説明するところによれば、あらゆる食べ物(料理の材料)は一つにつき平均で50以上もの科学的な味の要素(flavor compound)によって構成されており、一般的に、それらの味の要素の重複が大きくなるように、つまり味の距離が近い材料を組み合わせることが、おいしい料理の秘訣とされているとのこと。例えばイチゴと科学的に味の距離が近いのは、リンゴやはちみつではなく意外にも白ワインだそうです。

ところが、2,500ものレシピをもとに、その料理に使われている材料の科学的な味の距離を調べたところ、インド料理では、味の要素の重複がより少ない材料が使われる傾向があることが分かったそうです。味の要素の重複がより少ない、つまり味の距離が遠い材料を組み合わせ、なおかつ世界中で人々を魅了しているインド料理のおいしさは、従来説を覆す例になります。むしろ、異なる味の要素が互いに摩擦し合うこと(rub up against each other)こそが、インド料理のおいしさの秘訣なのだと記事は結論づけます。

もしかすると、インド料理の異なる味の要素をつないでいるのは、それを食べている私たち自身なのかもしれません。味の要素の距離が遠ければ遠いほど、私たちの舌は長い旅をすることになります。その中で出会う様々な味、あるいは味の距離を埋めようとする想像力が、インド料理のあの複雑な味わいを生み出しているのかもしれません。そんなことを考えていると、またインド料理が食べたくなってきたのでした。

http://www.washingtonpost.com/blogs/wonkblog/wp/2015/03/03/a-scientific-explanation-of-what-makes-indian-food-so-delicious/?tid=pm_business_pop

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# 水かけとコミュニティの垣根を越えること 2
 さて一月も終盤を迎え冬も本番、皆様いかがお過ごしでしょうか。さふらんです。今回は前回に続いて「寒い」話題、水かけの続きを書きたいと思います。

 前回(2014年12月16日)は、私の地元では娘が結婚した時に獅子舞を呼ぶならわしで、その際には、お婿さんが獅子方に水をかけられるのが定番となっている、ということを書きました。地元を長く離れていた自分にとって、意外にも身近なところにそのような伝統が息づいていたことが新鮮に思われ、いろいろ考えてしまったのですが、きっかけになったのは、自分も数年前に水をかけられた、という男性美容師さんの話でした。曰く、自分の時はあまり水をかけてもらえなくて寂しかった。

 インドで、水をかける、と言えば思いつくのはホーリーというお祭りです。ホーリーは色の祭りとも言われ、原色鮮やかな色の粉をかける光景が有名ですが、実際は色粉をといた色水や、色のついていない水をかけあったりもします。私もちょうどその時期にインドに滞在していて、無防備に外出した際に、見知らぬ子供達にすれ違いざまに水風船をぶつけられびしょぬれになった思い出があります。カーストという強固なコミュニティが現代においても強固に根付いているインドで、この日は特別に無礼講とされ、人々は日常の関係性からいっとき解放されて、互いに水をかけあうのだそうです。

 あるいはまた思い至るのは、日本語の「水に流す」という慣用表現です。それまでにどんな禍根があっても、ここは一つ全てを忘れて、まっさらな状態で仕切り直しましょう、という際に使われる表現だと思います。

 そういった諸々に考えを巡らせていると、水かけが象徴することに思いが馳せられます。獅子舞では、昔から続く地域に外から人が入ってくるとき、新しい人間と古くから続くコミュニティが交わる場所に、いわば通過儀礼として水かけの行事があります。インドのホーリーでは、色粉をかけ、水をかけることで、人々はカーストの壁をも一時忘れることができます。水かけの行為には、普段であれば超えることのできない(超えることのむずかしい)コミュニティの垣根を超える意味合いがあるように思えます。

 それはひとつには、いずれは乾き、そして後には何も残らないという水の性質があるのかもしれません。獅子舞では水が乾いたとき、婿は地元に受け入れられますが、ホーリーでは水が乾いたとき、おそらくそれまでと同じ日常がまた始まるのでしょう。水が乾いた後の人々の行方はそれぞれかもしれませんが、人間がその文化の中で編み上げてきたコミュニティの垣根を、それもまた人間が、例えいっときにせよ、水の力を得て越えていくと考えると、何とも言えず壮大な気分になります。
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