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# 『蘭学事始(らんがくことはじめ)』が読みたい(5)
コウです。先週は、暗号の塊を書き写すところまでお話ししましたね。意味のまったくわからないオランダ語を、一体彼らはどうやって学んでいったのでしょうか。

ここで唐突に、前野良沢が登場します。ご存知、解体新書を翻訳した蘭学者の一人です。杉田氏は彼を指し、「天然の奇士」と評しています。ちなみに奇士という言葉を辞書で調べてみると、「言行の特に優れた人」という意味と、「おかしな言行をする人」の二通りの意味がありますが、彼の場合は一体どちらだったのでしょう。前野は医業に励む傍ら、趣味として一節切(尺八の仲間)や狂言などを極めていたとありますが、なんだかどちらの意味にもとれそうです。

こんな前野氏でしたが、「かくのごとき奇を好む性なりしにより(このように奇抜なことを好む性格だったため)」オランダ語を習い始めました。当時の風潮からすれば、外国語学習者に対してはこういった解釈を与えざるをえないんですね。とすると、先の問題の答えは後者、「おかしな言行をする人」でしょうか。

アルファベットを覚えて久しいある日のこと、前野氏は江戸の知人宅にオランダ人が来たことを知り、オランダ語を学ぼうと面会を試みます。が、結局あきらめてしまいました。この時、前野氏にオランダ人との面会をあきらめるよう諭した通訳の言い分は、当時の外国語習得の困難をよくあらわしています。これはちょっと長くなりそうなので、また次回。(続く)

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# 『蘭学事始(らんがくことはじめ)』が読みたい(4)
コウです。

先々週は予想外の記述に出くわし、びっくりしてそのまま筆を置いてしまいました。その記述とは、校訳注者である緒方氏の付した注記の部分にありました。それによれば、杉田氏の書きようにはどうやら一部、誇張が入っているらしい。

たとえばその注記によれば、長崎のオランダ通訳官がオランダ語をカタカナで書きとめていただけで、暗記して通訳していたというのは「事実ではない」。また、幕府への願い出が許されてオランダ語を学び始めたというのも「真実ではない」。

わたしにそのあたりの正否を判断する能力はありませんが、とにかく当時の苦労が少しばかり大げさに語られていたのかもしません。ただ、読み物としてはそれでよくても、歴史としてはちょっと困る。難しいところです。

もちろん、そのあとに杉田氏が、一般人がみだりに横文字を取り扱うのははばかられていた、と繰り返し書いているところからすると、ご禁制とはいかないまでも、やはりオランダ語そのものへのアクセスは著しく制限されていたというのは事実だったのでしょう。彼らによるオランダ語翻訳の苦労は、ここから始まっていくのです。

そんなこんなで彼らはまず、今で言う辞書のようなものをオランダ人から借り受け、書き写し始めたのでした。もちろん、オランダ語で書かれた辞書ですし、そこに書かれている文字列の「意味」などわかりません(そんなものがわかるぐらいなら、この話は成立しません)。意味不明の文字列を、ただ書き写し続ける作業。想像しただけで嫌になりますね。(続く)

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# 『蘭学事始(らんがくことはじめ)』が読みたい(3)
今週からいよいよ本題。『蘭学事始』の内容を読み進めていきたいと思います(ここでは岩波文庫で出版されている、杉田玄白『蘭学事始』緒方富雄校訳注、岩波書店、1959年を参照しています)。ちなみにわたしは江戸時代の専門家ではありませんし、そもそも文学者でも歴史家でも医者でもありませんから、ここではひたすら杉田氏の記述に感動し、現在のわたしの生き方を省みる、という形式をとりたいと思います。

さて、杉田氏は『解体新書』の翻訳をめぐる話に入る前に、まずは文字を知ることの苦労から話を切り出します。鎖国中の日本では、外国語が一般に通用していなかったのも当然のことながら、オランダ語もまた、限られた者(通訳者)が、限られた形(カタカナ!)で習得していたにとどまっていたようです。

曰く、「渡海御免の和蘭にても、その通用の横行の文字、読み書きのことはご禁止なるにより、通詞の輩ただ片仮名書きの書留等までにて、口づから記憶して通弁の御用も工弁せしにて、年月を経たり。(日本への渡来を許されていたオランダについても、その言語の読み書きは禁止されていたため、通訳者らはカタカナで書き留めるだけで、通訳業務も長年にわたり口頭での受け答えを暗記して行なわれてきた。)」

しかし、オランダ語の本を読むためには当然、その文字を知らねばなりません。そのために初めにせねばならなかったのは、幕府に「横文字」使用の許可を願い出ることでした。杉田氏をはじめとする蘭学者にとっては幸運なことに、幕府はその申請を「至極尤もの願ひ筋なり(大変理にかなった願い出である)」として、速やかに許可したとのことでした。

文字もろくに知られていない中で、いったいどうやって翻訳を進めようというのか。読者の関心をそそる展開になってきました。しかしその読者たるわたしは、ここで早くも予想外の記述を目にすることになります。(続く)

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# 『蘭学事始(らんがくことはじめ)』が読みたい(2)
さて、先々週の続き。『蘭学事始』が読みたいコウです。こんにちは。

『蘭学事始』の内容に入る前に、簡単にこれがどういったお話なのか、背景を説明しておいた方がよいかと思います。

もちろん、中学校や高校の教科書にも出てくるぐらいなので、おそらくみなさんもその名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう。しかし、実際に読んだことがあるかといえば、そういった方はあまりいないのではないでしょうか。ちなみにわたしは、30歳になって初めて、『蘭学事始』を実際に手に取りました。

『蘭学事始』は、蘭学者の杉田玄白が、蘭学が日本に入ってきたばかりのころのことを後世に伝えようと書き残したものでした。『蘭学事始』と並んで有名な杉田玄白らの業績、『解体新書』をめぐる翻訳の経緯についても、この中で触れられています。

ちなみにここでいう「蘭学」とは、オランダを通じて入ってきたヨーロッパの学問や文学の総称だそうです。つまり、その正確な内容は、「オランダの学問」ではなく、「ヨーロッパの学問」だったわけです。当時(というか徳川秀忠の時代から200年以上の間)、日本は幕府の方針で鎖国政策をとっており、ポルトガルが貿易から排除されてからはオランダだけが日本(それも長崎の出島に限る)との通商関係を保っていましたから、そこから入ってくるヨーロッパの学問が「蘭学」と称されることになんら不思議なところはありません。

『蘭学事始』が書かれたのは文化12年(1815年)ごろ、つまり幕府が異国船打ち払い令を出す10年ほど前のことですから、黒船来航など一連の外国船の到着によって日本が開国に向けて大きく舵を切るには、もう少し時間がかかるといった時代です。『解体新書』が刊行されたのはさらにそれより40年ほどさかのぼって、安永3年(1774年)のことになります。つまり、鎖国絶頂期です。

先週の前置きに引き続き、今週は背景説明が長くなってしまいましたが、これだけでもすでに当時の苦労がしのばれます。では、また来週。(続く。)

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# 『蘭学事始(らんがくことはじめ)』が読みたい(1)
わたしたちは今、大変ありがたい時代に生きています。何しろ、英語であれロシア語であれドイツ語であれ、外国語の書物を読もうとすれば、辞書を手に入れるのは造作もないことです。高校生ですら、英語の電子辞書を持っている時代です。人に聞くことも、お金を払って翻訳を依頼することも、今では当たり前のことです。

もちろん、読んでいれば知らない言葉はちょこちょこ出てきます。わたしも英語の翻訳に携わって久しい(といっても6年ほど)ですが、やっぱりわからない言葉はあります。しかし、ヒントはどこかに落ちているものです。特に、インターネットで言葉を検索することができるのは、わからない言葉を特定していく上で大変助かります。稀にですが、それでもわからない専門用語や地名などを調べる際に、特定分野の論文集などを当たって、そこから言葉を類推していくこともあります。そういった場合には諸外国、諸分野の文献が集まる立派な図書館があるということにも、大変なありがたみを感じるわけです。

では、インターネットはもちろんのこと、辞書もなく、図書館もなく、専門分野の資料集もない状況で、翻訳を進めることは果たして可能なのでしょうか。いわゆる翻訳業で行なうような、迅速で正確な訳出をやれと言われても、それは無理な話です。

でも、外国語が伝わり始めたばかりのころには、誰かが、ゆっくりでも、間違えながらでも、それをしなければならなかったのでした。その時代の苦労を考えれば、今の恵まれた環境の中で翻訳に難儀するなどということは、おいそれと口には出せないのです。とまで言ってしまってよいのかどうかはわかりませんが、ストーリーの都合上、差し当たりそう言い切ってしまうことにします。

前置きがだいぶん長くなりましたが、そういうわけでわたしは、『蘭学事始』が読みたいのだ、ということをここに宣言したいと思います。(続く。)

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# Mrs. Watanabe
コウです、ご無沙汰しております。

とにもかくにも、猛暑と円高の激しい8月でした。特に円高、あまりの激しさに、「ミセス・ワタナベ」に再び注目が集まっているようです。

「ミセス・ワタナベ」とは誰か。英語版ウィキペディアの「Watanabe」に関する最初の説明は、「ワタナベは日本で五番目に多い名字(Watanabe is the fifth most common Japanese surname.)」とありますが、最後の説明は、「日本経済の文脈では、ミセス・ワタナベは外国為替を取り引きする主婦の総称(In the context of the Japanese economy Mrs. Watanabe is generic, collective name for housewives who deal in foreign exchange.)」となっています。

なんのことやら。実は最近のニュースでもしばしばとりあげられるようになっていますが、一昔前(といっても数年前のことですが)に日本の主婦が自宅のパソコンで為替取引を実行し、それが市場に大きな影響を与えることが注目されたそうです。こうした日本の主婦に代表される個人投資家を表現する呼び名として、外国のメディアを中心に生み出されたのが、「ミセス・ワタナベ」だそうです。最近「ミセス・ワタナベ」が注目されるのは、劇的な円高の進行で「彼女(ら)」が円売りに出るのを警戒してのことなのだとか。

他にも「ミセス・ワタナベ」という表現には、家計の管理者であり、財布のひもを握る立場の主婦といったニュアンスも含んでいるようで、日本における昔ながらの一般家庭のイメージともうまく合致するような、なかなか面白い表現だと思いました。まあ、こうしたイメージも今となっては偏見なのかもしれませんが、少なくともサザエさんでは、よくマスオがサザエにお小遣いの前借りをお願いしているのを見かけます。

しかし、タナカ、サトウを差し置いてなぜワタナベなのか。疑問は尽きないところです。

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# ワールドカップ終了
コウです。

これでやっと安らかに眠ることができるという方も多いでしょう。ついにワールドカップが終了しました。決勝はスペインvs.オランダという欧州勢同士の対決。そしてスペインの初優勝。わたしはあまりサッカーに詳しくないので、この結果が前評判通りだったのか、それとも意外な結末と言えるものなのかはよくわかりませんが、延長後半のゴールの瞬間はさすがに興奮しました。

試合自体はかなり荒れたものとなりましたね。選手たちはかなりエキサイトしていたように見えましたし、イエローカードも10枚以上出されました。もちろん、世界一のかかった試合ですからその気持ちもわかりますが、あくまでもフィールドの中だけにとどめておいて欲しいものです。

かつて、ワールドカップが外交問題や戦争のきっかけになったこともあったようです。とある本によれば、たとえば第一回ワールドカップの決勝では、アルゼンチンとウルグアイが対戦しました。結果、ウルグアイが勝利して初優勝を飾りましたが、アルゼンチンでは暴動が発生し、そのまま両国は国交断絶に至ってしまったそうです。

また、ワールドカップの本選出場をかけて争ったエルサルバドルとホンジュラスは、もともと人口移動に伴う社会不安をかかえていたこともあり、ゲームの直後に戦争を始めたこともあったそうです。

そんなこんなで、わたしにとって今回のワールドカップは、普段は触れることのない歴史を振りかえるいいきっかけとなったのでした。もちろん、そこにどこまでの因果関係を認められるかはわかりませんし、今のスペインとオランダとの間でそんなことが起こるとも思えませんけど。

次はお待ちかね、夏の甲子園です。

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# コーヒー言語?
コウです。

実はわたし、コーヒー中毒です。中毒であるだけでなく、豆を挽きながらお湯を沸かし、それを少し冷ました後にゆっくりと粉の上に注いでいくという、一連の過程自体が好きです。毎日2-3回は自分のために、日によってはゲストのためにプラスアルファ、ドリップし続けています。

おいしいコーヒー豆を売ってくれるお店を見つけるのも楽しみの一つです。わたしの住んでいる街には秀逸なコーヒー豆専門店があり、現在はそこが行きつけになっています。先日、そのお店のマスターからおもしろい話を教えていただきました。

コーヒー豆は生豆を焙煎することで、普段わたしたちが目にするような形になるのですが、その生豆は国際的なオークションで品評し、競り落としてくるのだそうです。ここで問題になるのが、コーヒーの味や香りをどのように表現するか。コーヒーは世界的に消費量の多い飲料ですから、オークションには様々な国や地域の人々が参加します。当然、言語や文化的背景が全く異なっていますから、その表現には何らかの統一したルールが必要です。

そこで用いられているのが、数十種類に及ぶ香りの表現例だそうです。たとえば「ダークチェリー“dark cherry”」だとか、「チョコレート“chocolate”」、あるいは「レザー“leather”」などといった言葉は、コーヒーの良い風味を表現する言葉としてしばしば用いられています。逆に「ポテト“potato”」や「キュウリ“cucumber”」などは、コーヒーの風味としてはあまり良くないものとされているそうです。

さらに重要なことは、これらそれぞれの表現に対応する形で、香りのサンプルがあるということです。つまり、国や文化が違えど、共通のサンプルセットで規定される言葉を用いることによって、コーヒーの持つ微妙な香りの特徴を表現し、伝え合うことができるようになるわけです。

こうしてみると、コーヒーの香りをめぐる一連の表現は、ある意味で「コーヒー言語」とでも言えるようなものなのではないかと思います。おそらく、ワインやら紅茶やらウィスキーやら、そういったものにもこうした共通ルールがあるのではないかと思いますが、どなたかご存知の方がいらっしゃれば是非教えていただきたいところです。なんにせよ、こうしたコミュニケーションツールがあるおかげで毎日おいしいコーヒーが飲めるのですから、ありがたいかぎりです。

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# レイカーズ優勝
コウです、こんにちは。

街はサッカーのワールドカップで盛り上がっていますね。しかしバスケットボールファンとしては、先日NBAのファイナルが終了したことも見逃せません。今年はロサンゼルス・レイカーズがボストン・セルティックスを下し、2連覇を達成しました。

振り返ればレイカーズとセルティックスは、1980年代にもそれぞれにマジック・ジョンソン、ラリー・バードというスター選手を擁し、しのぎを削っていた時期がありました。彼らの引退後は、両チームともにしばらく低迷期を迎えましたが、その後セルティックスがポール・ピアース、レイ・アレン、ケビン・ガーネットというスター選手を獲得する一方、レイカーズはシャキール・オニールやコービー・ブライアントを迎え、再び力をつけていきました。

オニールは後に移籍してしまいましたが、現在、レイカーズはスペイン出身のパウ・ガソルというセンターを擁しており、それがエースのコービーを生かす背景となっているみたいですね。ガソルはスペイン代表として世界選手権に出場し、MVPに輝いたこともあるつわものです。

ガソルに限らず、NBAには欧州や南米など諸外国のプレーヤーも入ってきています。アメリカ出身の選手とはまた違ったスタイルでプレーする選手も多く、チームの主力になれる選手も結構います。それが見ていてなかなかおもしろい。

かつて、日本からも田臥勇太がNBAに挑戦して話題になった時期がありました。バスケットボールは強烈なフィジカルコンタクトのあるスポーツですし、高さが物を言う場面も多いだけに、身体の比較的小さな日本人が活躍するのは厳しいのかもしれません。しかし、バスケットボールファンとしては、いつか日本からもNBAや世界選手権で大活躍できるような選手が出てくる日を待ち望むばかりです。

さて、家に帰ってサッカーでも見るか。

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# Iris
といっても、今はやりの韓国ドラマではありません。アヤメです。

昨日、祖父母を連れて千葉県香取市にある「水郷佐原水生植物園」に行ってきました。そこではアヤメやハナショウブ、カキツバタ(いずれもアヤメ科)といった植物を見ることができるようになっています。

恥ずかしながら、わたしにはアヤメ、ハナショウブ、カキツバタの見分けはつきませんが、「いずれがアヤメかカキツバタ」という言葉もありますから、それも仕方のないということにしておきましょう。わからないとはいえ、これらの花々が一面に咲き誇っているのを目にすると、素人目にもなかなか印象深いものがありました。

ところで、わたしが持っていたこれらの花のイメージは、白、青紫、赤紫ぐらいだったのですが、今回初めて、黄色の花を目にしました。これはヨーロッパ原産の、日本では黄菖蒲と呼ばれるものだそうです。

ただ、黄菖蒲はその色が珍しいために観賞用として重宝される一方、日本の植生に影響を与える可能性があるということでその拡散には注意を要するようです。こういうところはなかなか難しい問題ですね。もちろん、植物園の中ではうまくやりくりされていて、紫や白が中心の花々の中で、きれいなアクセントの役割を果たしているように思いました。

ここには他にも、スイレンや立派な藤棚などがありました。今回は開花期を外しましたが、いずれ時期をみはからって再訪するのもよいかなと思いました。


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