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# インディラ・ガンディーの言葉(1)
昨日に引き続き、さふらんです。
春めいてきたと思ったらまた寒くなりましたね。外は雪。やかんがストーブの上でたてる、コンコンという音を聞きながらパソコンに向かう私の手元に、Indira Gandhi – Selected Sayings という小さな一冊の本があります。

焦げ茶色の表紙に金文字が打たれた魅力的な装丁で、1、2ページ毎に1つのテーマとインディラ・ガンディーの短い言葉が記されています。
少し唐突な感があるかもしれませんが、今回から何度かにかけて、インド唯一(現在のところ)にして最強の女性首相であったインディラ・ガンディーの人生を辿りつつ、この本の中から彼女の言葉をいくつか紹介してみたいと思います。

《誕生から少女時代》
インディラ・ガンディー(以下インディラ)は1917年、後に初代インド共和国首相となったジャワハルラル・ネルーの一人娘として生まれました。

1917年と言えばインドでは独立運動が盛り上がってきた頃です(※1)。その中心人物の家庭に生まれたことで、インディラの人生はインドの歴史と深く結びついていくことになります。

独立の志に燃える大人達の喧々囂々の議論に触れる機会もあったでしょうし、父親が何度も投獄されたり、獄中の父親から壮大なスケールの手紙(『父が子に語る世界歴史』)が届いたり、インディラが送った少女時代はなかなか過激なものだったと推測されます。

なお、インディラの名前には、あのマハトマ・ガンディーと同じ「ガンディー」が入っていますが、彼との血縁関係はありません。とは言え、父ネルーも、後にインディラの夫となるフェローズ(※2)も、ガンディーとは深い縁があり、少女時代のインディラとガンディーのツーショットも残っています。
今日はインディラが自分自身(Herself)について述べた言葉を引用します。
彼女が、ただエリートの家に生まれ甘やかされて育ったお嬢様ではなかったことが伺える言葉であり、首相時代に断行した厳しい政策を彷彿とさせる言葉でもあります。

“I have many faults. But panic and fear do not belong to my character. Whatever I do, I do very calmly and coolly, after giving it serious thought. ”

「私には多くの欠点がありますが、パニックに陥ることと、何かを恐れることは、私の性格上ありえません。何をするにせよ、私はそれについて熟考の上で非常に冷静沈着に行います」

次回はインドの独立とインディラについて書きたいと思います。

※1  後に独立運動の中心組織となった国民会議派の成立が1885年、マハトマ・ガンディーが指揮した最初の大衆独立運動(mass movement)が1919–1922年
※2 元々は違う名字だったフェローズが改姓してフェローズ・ガンディーとなり、そのフェローズと結婚したインディラの姓もガンディーとなった


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