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# 銭湯の話 その4
こんにちは、ロシア語翻訳作業中の T です。
 2週間前に「サウナ男」という私にとっては奇妙な人物の話をしましたが、今日はまた銭湯の話の続きをしたいと思います。ちなみに、あの日はちゃんと「サウナ男」に会うことができました。『Tさんは「サウナ男」に会えたのでしょうか?』と心配してくださった皆様、本当にありがとうございました。

 まずは、私が大好きな「日本人=集団主義的な傾向」、「欧米人=個人主義的な傾向」という視点を銭湯という空間に当ててみましょう。そうしますと、少なくともウクライナ人と日本人を比較した場合、逆の傾向が観察できることが分かります。
 ウクライナ(やロシア)にも、日本の銭湯と同じような施設があります。しかし、それはどちらかというとスチームサウナに近いもので、そこを訪れる主な目的は、体を洗うことではなく、友達同士と交流することだと思います。(お酒を飲んで、お酒の肴をつまみながら)お互いの体を白樺などの木の枝からできた箒で叩くことによって、最大の清潔度を求めるのが一般的だそうです。日本の銭湯マニアになった今の私からしますと、少し野蛮人のような習慣に見えなくもありません。
 それに対して、日本の銭湯はどちらかというと個人のお客さんが多いように思います。もちろん、正確なことは、ちゃんとデータを集計して分析しないと分かりませんが、私の傍観者としての観察によると、やはり個人のお客さんが多いと断言できます。そして、銭湯に通う人は、毎日通うパターンが多いです。「サウナ男」のケースもそうだと思いますし、私の通っている銭湯の常連さんもそんな雰囲気を漂わせています。
 むろん、日本の銭湯でも集団で来るお客さんをたまに見かけることがあります。先日も私と同じ時間帯に、多くの青年たちが銭湯を訪れ大いに騒いでいました。しかしながら、彼らはどちらかというと、意図的に皆で銭湯に来たというより、誰かカリスマ的なリーダーにむりやりに連れてこられたという印象を受けました。つまり、たまに集団で来るお客さんにとって銭湯は日本でも非日常的なレクリエーションの場ではあるようです(皆が「楽しんでいる」かはどうか別として)。
 しかしながら、日本の銭湯に訪れる大多数の常連のお客さんにとっては、個人がくつろぐ日々の憩いの場であるところが、ウクライナとの違いだろうというのが私の下した結論です。2010年9月15日付のブログ「日烏夜行列車比較論」でもお話ししました(それに続く9月17日付のTokoさんの「さようならブルートレイン」でも同様の論点で語られていました)が、日本人は一般的に集団主義的な傾向が強い民族だと言われていますが、生活の中では個人主義的な傾向が強いところがあるのかもしれません。

 さて本日も、幸せと温もりを求め、銭湯に出かけるつもりでいますが、「サウナ男」にどんな視線で迎えられるのか、少し気になるところです。

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