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# イタリア、そしてドイツへの旅 その7
こんにちは、ロシア語担当のTです。ドイツへの旅の話の続きです。

結局プラハで過ごしたのはほんの数時間で、そのあとバスに乗ってドイツに向かいました。当時の私にも、チェコからドイツに入り、国境を越える時の違いがなんとなく分かりました。「国家」という概念は、もちろん私の中ではまだまだはっきりしていなかったですし(正直に言いますと、今もそれほどはっきりはしていませんが)、旅の中でなぜか長い間待たされるところがあったとなんとなく思っていたぐらいですが、考えてみればそれは地理の勉強を実践的にするのに絶好のチャンスでもあったのかもしれません。

そして、ドイツの、森林が豊かなところに着いたのはプラハを出発して10時間ほどあとのことです。私たちが宿泊していたのはイタリアと同じようなところで、普段はおそらくキャンプ場として使われる敷地内にある建物群です。二人部屋や三人部屋が参加した子供たちに適当に割り当てられ、私は名前がDで始まる男子と同じ部屋になりました。部屋の看板を手書きで作る時、「T-Dなんとか」のようなことを書いたと記憶しています。

このドイツでの宿泊施設もイタリアのそれと同様、ご飯の時間や、様々な活動の時間、観光に皆で出かける時間がきっちりと決まっていて、ドイツ人のおばさんたちが怖い顔をして私たち小学生の指導(時間厳守!わがままを言わない!友達をいじめない!など)に当たっていました。しかし、それ以外は特にやることがなく、私がほとんどの時間を読書に使っていました。

今日の部分でもう一つ書いておきたいのは、私が「良い子賞」をもらった時のことです。毎朝起きて歯を磨いてご飯を食べたら、ベッドも自分たちで整えないといけないことになっていました。そしてある日、それぞれがきれいに整えられた布団などを先生たちが見て、一番理想に近いベッドに「賞」をあげることになったのです。そして、私がなぜか一番ベッド作りが上手で得意だと認められ、賞品であるオレンジをもらいました。喜んでいると、友達が「このオレンジはS君が罰則として取られたものだよ」と教えてくれました。

実は毎回食事のあと何かフルーツをもらうのはその時の決まりみたいで、「良い子賞」はオレンジでした。しかし、「悪い子賞」というのもあって、ドイツ人のおばさんたちが言っていたことになかなか耳を傾けなかった子どもにそれが「与えられる」ことになっていました。S君がちょうどいたずらの一番盛んな時期で、彼のオレンジが私のところに渡ってきたわけです。

S氏、ごめんなさい。私は単に几帳面な性格のせいでその日のベッドがきれいに整えることができただけです。悪意なんかはありませんでした。
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