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# ひとりぼっちの榎よ
こんにちは、ロシア語担当の T です。
母国ウクライナの情勢はなかなか落ち着きません。友人から「先日キエフで雪が降ってたよ!」という報告を受けましたが、どうやら自然さえも、現状に対して何らかの違和感を持っているようです。

さて、先週は鴨川沿いの桜が一生懸命咲く準備をして つぼみを出していることにふれましたが、今週に入って見事に咲き始め、そろそろ満開を迎えようとしています。咲き誇る桜の木の横を歩いてみようと考え、猛スピードで通り過ぎる自転車やランナーをよけて歩いていると、一本だけ枝に何も花がついていない木がありました。

私は最初病気の木かなぁとも思ったのですが、よく見てみると小さな「ネームプレート」(木の場合でもそのように言うかどうかはちょっと自身がありませんが)があって「エノキ」とカタカナで書いてありました。そして、その隣の真っ白な桜の木には「ソメイヨシノ」とありました。

これを見て、私はまず吉野山のことを思い出しました。七年間ほど日本に住んで未だに吉野山の桜を見に行っったことがないのは、おそらく関西に住んでいる私にとって、「いつでも行けるから・・・」感覚があるからに相違ないのではないかと改めて思いました。。そしてもう一つ、桜の木の「森」の中に立っているエノキを目の当たりにして、金子みすゞの「このみち」という詩を思い出しました。その詩は次のように始まっています:

このみちのさきには、
大きな森があろうよ。
ひとりぼっちの榎よ、
このみちをゆこうよ。

まるで私が先日見た、ひとりぼちのエノキのことを言っているかのようです。どうして桜の木々の中で一本だけ大きくなったのでしょうか。一瞬だけ、生まれ育った土地を離れ知らない地で生活をしている人のようにも見えてきました。

その詩にはその後カエルとカカシが出てきますが、最後のところはごく単純でありながらすごく心に染み込みます。

このみちのさきには
なにかなにかあろうよ。
みんなでみんなで行こうよ、
このみちをゆこうよ。

今度桜の中で一本だけ立つエノキの前を通った時、この詩を小さな声で朗読します。

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* * *


加茂川のほとりの桜が満開です。行き交う人の足取りも心なしか ゆっくりで、春の到来を告げる可愛らしいピンクの花を愉しんでおられるようでした^^ Toko
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