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# イタリア、そしてドイツへの旅 その1
こんにちは。ロシア語担当の T です。

今日から10月ですね。今日は東海道新幹線開業50周年の日、そしてウクライナでは先生(教師)の日、またコーヒー豆を売っている とある店のチラシには「コーヒーの日」と書いてありました。そう言えば、昨日は「翻訳者・通訳者の日」および「図書館職員の日」だったみたいです。それぞれの関係者の皆さん、おめでとうございます。

月曜日の Ayako さんのブログを読んで私も昔イタリアとドイツに行ったことを思い出したのですが、今日から数回のブログのテーマはその旅の記憶・感想について書いてみたいと思います。さきほど「昔」と書きましたが、それは20以上前のことで、イタリアに行ったのはたしか1991年の秋ごろで、ソ連が崩壊しウクライナを含めそれぞれの共和国が独立を得ようとしていたころです。

イタリアに行ったのは小学校1年生、ドイツに行ったのは2回、2年生および3年生の時です。(2011年3月9日付けのブログ「外国へ旅することについて」でも、チェルノブイリの話を書いていた時に少しだけその小学生の時の記憶にふれたと思います。)ドイツは確か長いバス旅で、イタリアは快適な飛行機での移動だったと記憶しています。

ドイツへの旅の詳しい話は再来週以降書いてみたいと思いますが、今日は23年前のイタリアについて今でも印象に残っていることを書きます。まず第一に、毎日の昼食に白ワイン(ごく少量ですが)が欠かさず出ていたことが印象的でした。ウクライナではもちろんそれ以前にアルコールを口にしたことがないし、どうしてこの酸っぱい飲み物を飲まなければいけないと小学生ながら不思議に思っていましたが、そのうち慣れてきて友達と乾杯をするのがすごく楽しいことになってきました。

第二に、私たちが泊まっていたのはチェゼナティコという海辺の街のサナトリウムのようなところで、つい最近そこはザッケローニ元日本代表の監督のゆかりの地でもあることを知りました。おそらくイタリア政府もしくはイタリアのどこかのNPO(NGO)の支援を受けて、チェルノブイリ事故で被害を受けた私たちの滞在が可能になったと思いますが、毎日の過ごし方は実に寛いだものでした。海でたっぷり遊んで、ご飯をたくさん食べて、ひたすら観光に出かけて寝るだけの日々でした。その時 訪れた都市については来週書きますが、もう一つ印象に残ったことは、私および周りの人たちが皆すごく日焼けをしてしまったことです。ソ連では全然手に入らなかった日焼け止めの存在を知ったのはそれから10数年後のことです。当然のことと言えば当然ですが・・・

アドリア海に沈む夕日は、今でも私の記憶の奥に鮮明に残っています。

T::Little T-san in Italy & Germany : comments (x) : trackback (x)