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# 旅と言葉
久しぶりの投稿。じゅんです。2月末より10日間強、プライベートで、ポルトガル・南スペイン(アンダルシア地方)・モロッコを旅してきました。仕事以外で海外に行くのは、本当に何年ぶりか、「旅人」モードに気持ちが切り替わるまで、しばらくの時を費やしました(もったいない・・・)。

旅程日程を完璧には定めていなかったので、前の晩の宿で、明日は泊まろう、移動にはバスを使おう、いややっぱりこのルートだと列車からの眺めがきれいかな、そうすると駅に着くのは18時過ぎになるから宿はこっちが便利かな、なんて考えて時間を浪費できるのがフリー旅行の一番の醍醐味。もう15年も前、バックパッカーとしてヨーロッパを放浪していた頃の記憶が蘇って、感慨深いものがありました。

以前から思っていましたし、誰しもが持つ感想でしょうが、旅先の言葉を少しでも操れると、旅の印象がずいぶんと変るものですよね。昔かじったスペイン語、本当に片言ですが、アルハンブラ宮殿で有名なグラナダに滞在中、ホテルやレストランで使ってみました。地元の人の表情もほぼ確実にゆるっとするし、結果、そこで過ごす時間、空間に対する親近感がぐっと強まる。ビールはすすみ、チップははずむ。

これはそうなんだろうと思います。アジア人のわたしがヨーロッパの非英語圏(ってほとんどそうだけど)を旅してその土地の言葉を一切用いようとせずに、まあ英語は「グローバル言語」だしなといって英語に頼って、それにより地元の人たちに若干しらけられてしまうというシチュエーションは、日本を訪れたヨーロッパのツーリストが、日本語以外のアジア言語(例えば、中国語の普通語プートンホアとか、話者人口が多い言語)を駆使して地元の日本人に対してコミュニケーションを求めてくるようなもので、日本人からしたら、「いやそれうちの国の言葉とは全然違いますから」といったものに、近い(のかなきっと)。その言葉が英語なら、あるいは「しかたがない」ということにもなりますでしょうが(日本人の多くって、わたしも含め、英語にコンプレックスがありますから、英語を話せないこちらが、「あっ、どうもすいません」みたいになるんでしょうね)、その種の違和感や反発は、素朴な愛国心に加え、論理や理性が導くものかもしれないですね。もちろん観光客相手の商売は、どの言語にも「にこやか」に対応したほうがうまくいきそうですが、そのあたりのバランスは難しそうです。

どっちにしても、日常会話のレベルで各国の言葉が使えたら、世界を巡り歩くのは何倍も愉快な経験になるにちがいないな、と改めて思うわけです。

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