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# 『蘭学事始(らんがくことはじめ)』が読みたい(9)
「一滴の油を広い池の水に垂らせば、それは拡散して全体に及ぶ。」

それと同じように、はじめは前野良沢、中川淳庵、杉田玄白の三人で思いたった『解体新書』の翻訳をきっかけとして、『蘭学事始』が書かれるまでの50年ほどのあいだに、蘭学は大いに盛んになりました。杉田氏自身は、このように蘭学が盛り上がるとは予想していなかった、と言います。

もちろん、蘭学に関する書物や見解がさまざまに出てくる中には、良いものも悪いものも含まれていたようですが、当初の杉田氏らの志からすれば、それも喜ばしいことであった、ということになるのでしょう。

杉田氏は、蘭学がこれほどまでに広まった原因の一つとして、漢学との性質の違いに着目しています。漢学は「章を飾れる文(おそらく、美しく書くことを目的とする文章、ということでしょうか)」であるためにその広まりが遅かったのに対して、蘭学は「実事を辞書にそのまま記せしもの(事実関係をありのままに示すもの)」であったために迅速に開けていった、という理解です。こうしてみると、蘭学の導入は日本における科学的態度の発端となった、とも言えるのでしょうか。

むろんこうした理解は、当時の日本における漢学の役割を否定するものでもありません。杉田氏は、蘭学が迅速に広まった理由としてもう一つ、先に漢学の流布によって人々の知見が広まっていったことがあったのではないか、とも述べています。

いずれにせよ、杉田氏らが苦労して翻訳した『解体新書』は、現代の日本にもつながる重要な知的態度の創出につながった、といっても言い過ぎではないかと思います。

というわけで、前回「これから下巻です」と言っておきながら、今回が最後です。なぜなら、下巻の多くの部分は人物紹介に費やされていたので。まあ、それはそれでおもしろいので、興味のある方は是非読んでみてください。それではまた。次の連載ネタをどうしようか。

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